藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編 4巻
SF・異色短編のレビューも最後の4巻になりました。しかし、少年SF短編も3冊残っていますので、これで終了って感じはしませんね。4巻に収録されているのは
- ドジ田ドジ郎の幸運
- ヒョンヒョロ
- 自分会議
- 換身
- 箱舟はいっぱい
- ウルトラ・スーパー・デラックスマン
- T・Mは絶対に
- 幸運児
- 大予言
- 老雄大いに語る
- 光陰
- オヤジ・ロック
- 一千年後の再会
- ある日……
- 俺と俺と俺
- カンビュセスの籤
- 宇宙人レポート サンプルAとB
- 並平家の一日
- 昨日のおれは今日の敵
- 殺され屋
それでは気になった作品というか、これは語らねばならんだろうという作品の感想です。
ヒョンヒョロ
大全集ではじめて読みました。
宇宙から来た大うさぎがマーちゃんに「ヒョンヒョロをくれないと誘拐する」といった脅迫状を渡します。
この作品の大うさぎは一見、Q太郎やドラえもんのように「違う場所から来た友達」のように見えます。
物語序盤、親が大うさぎなんているはずがない、見えていないといったやりとりのシーンは藤子先生得意のコメディといった感じがします。大人向けの話なので有性生殖がどうのこうのといったやりとりもありますが。
警察は、大うさぎを逮捕しようとするのですが、大うさぎの圧倒的な実力に太刀打ちできません。大うさぎの表情や言動に狂気が見え隠れします。
ヒョンヒョロとはなんなのか大人たちにはわからず、手に入らないことがわかると、大うさぎは地球からマーちゃん以外の人間を誘拐するというオチです。
マーちゃん以外の人間を誘拐する展開は、脅迫状をマーちゃんに渡していることから、はやいうちに予想はできました。しかし、大うさぎの豹変から見開きで表現される誘拐後の世界は圧巻でした。
ハーメルンの笛吹き男を思い出しました。笛吹き男は街から子供を誘拐しましたが、大うさぎは地球からマーちゃん以外を誘拐するというスケールの違いはありますが、どちらも最初はわりと友好的ですし。
このあとマーちゃんがどうなってしまうのか、そう考えると後味の悪さは藤子・F・不二雄先生の作品の中でも上位に入ります。
ウルトラスーパーデラックスマン
大全集SF・異色短編1巻収録の「カイケツ小池さん」の続編にあたります。
正義感は強いけれど小心者だった小池さんが、圧倒的なパワーを手に入れウルトラスーパーデラックスマンとなり、独善的な正義をふりかざし暴走します。
小池さんには自衛隊の攻撃どころか核さえも無力です。この圧倒的な実力はヒョンヒョロの大うさぎに通ずるものがあります。
国は小池さんを放置し、彼の家のまわりは治外法権となります。このあたりのディティールの描写が丁寧ですね。国に軍隊以上の戦力を持った一個人がいる。そのシュチュエーションがすでにおもしろいです。
小池さんはテレビに映ったアイドルに興味をもち、テレビ局に電話をかけ、呼び出し、自分のものにしようとします。誰も小池さんには逆らえず、アイドルも覚悟を決めています。子供の頃このシーンを読んだとき、小池さんのゲスな行為に反吐が出そうになりましたが、大人になってから読んでもやっぱり胸くそが悪くなりますね。
最終的に小池さんはウルトラスーパーデラックスがん細胞におかされ、病死するというラストで物語は幕を引きます。
この唐突で皮肉なオチはウェルズの「宇宙戦争」から着想を得ているのではないでしょうか。
カンビュセスの籤
古代ペルシアの兵士・サルクはある籤(くじ)に当たります。この籤は行軍中に食糧不足におちいったペルシア軍が、10人単位で籤を引き、当たった仲間を食べるというものです。サルクは逃亡し、その途中、見知らぬ土地に迷い込みます。
サルクが迷い込んだ先は核戦争後の未来で、エステルという女の子に助けられます。このミステリアスな雰囲気をまとった少女は、この世界でたった一人で、地球外生命体にSOSの信号を発信しながら、助けを待っています。籤に当たった同胞を食料とし、コールドスリープを繰り返しながら。
遠い未来の世界でも、古代人と同じ道程を歩んでしまう人類の愚かさ、タイムスリップをしても籤を引く運命が待っている皮肉、とても悲しい物語だと思いました。
サルクは未来世界でも籤を引きますが、結果を見ることなく逃亡します。
あたしたちには生きのびる義務があるのよ。
人間からビールスにいたるまで、植物も含めて
すべての命あるものの行動の目的は、一点に集約されるのよ
生命を永久に存続させようという盲目的な衝動……
ただそれだけ
この世にありたいということ、あり続けたいということ、ただそれだけ
そして今やあたしたちは、有史以前から地球上に発生したあらゆる生命体の代表なのよ
一人でいいの、一人生き延びれば充分なの
クローン培養でコピーは無数につくれるわ
さらに、遺伝情報の制御で進化のあとを逆にたどり、地球の生命の全種属を再生させることも可能なの
だから、一日でも永く生きる責任が……
おねがい、最後のチャンスなのよ
おねがい……
サルクは自身の体を役に立てようと戻ります。しかし籤の結果はエステルが当たりを引いていました。サルクはエステルを食べてコールドスリープをする側になります。
エステルが自身を食料(ミートキューブ)にする方法を説明しながら物語は終わります。このシーンは「ミノタウロスの皿」同様、食べられる運命にある少女の一糸まとわぬ姿で、すさまじいエロスを感じるという点は共通しています。しかし、ミノタウロスの皿のミノアが喧騒の中消えていくのに対し、エステルは静かに運命を受け入れています。
このときのエステルの悟りきった表情が印象的です。長い月日と、いままで自身が食べてきた同胞の姿が彼女を割り切った考え方にさせたのだなと思うと、いっそう切なさが増します。
宇宙人レポート サンプルAとB
世界でもっとも有名な悲恋といっても過言ではないロミオとジュリエットですが、当人たちの燃えるような情熱とは対照的な、宇宙人の覚めた視点がギャップになって相当おもしろいと感じました。
原作は藤子・F・不二雄先生ですが作画は違う人がしています。巻末のインタビュー記事によると
あの有名な古典の”ロミオとジュリエット”ですね、あれを非常に化学的に即物的に散文的にというか離れたところから描いてみたらどうかという着想は前からあったんです。でもやっぱり絵柄の問題もありまして、どう考えてもボクの絵だとぴったりこないわけです。コロコロとマンガチックだし、何かそのもっとシリアスな感じが欲しかったし、内容が散文的で殺風景なものであればあるほど、絵の方はきれいなきれいな物にしたかったんです。
別の人の作画だったり、シェイクスピアの作品をベースにしたりと実験的で、異色中の異色作ですが、この作品をベースに少年SF短編3巻収録の「征地球論」を描いたのではないでしょうか