藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編集 1巻
藤子・F・不二雄先生の短編集は子供の頃、単行本や文庫本で揃えていたのですが、全話コンプリートしたいと思ったのが大全集を揃えるきっかけでした。
S・F異色短編集の第1巻に収録されているのは
- ミノタウロスの皿
- カイケツ小池さん
- ボノム 底ぬけさん
- じじぬき
- わが子・スーパーマン
- 気楽に殺ろうよ
- アチタが見える
- 劇画・オバQ
- イヤなイヤなイヤな奴
- 休日のガンマン
- 定年退食
- 権敷無妾付き
- ミラクルマン
- ノスタル爺
- コロリころげた木の根っこ
- 間引き
- やすらぎの館
気になったストーリーをいくつかピックアップしたいと思います。
ミノタウロスの皿
非常に有名な作品ですね。
藤子・F・不二雄先生が大人向けの短編を描くキッカケとなった記念すべき作品です。小学館の編集者に進められて描いたらしいのですが、その編集者がいなければと思うとゾッとしますね。のちの傑作群が生まれなかったわけですから。
内容はといいますと、宇宙飛行士の主人公が宇宙船の故障である惑星に不時着します。この主人公は21エモンそっくりで、大人になって宇宙飛行士になった21エモンという説があります。
この主人公が不時着したイノックス星は、牛が人間を家畜として管理する星で、牛のことをズン類、人のことをウスと読んでいます。主人公は肉用種のミノアという少女に恋をします。
以下、感想ですがネタバレを含むので未読の方は注意してください。
この話は牛と人間の関係を逆転したものですが、それだけにとどまりません。
この星の牛と人間の関係が、我々が住む地球のそれと決定的に違うのは、食べる側と食べられる側の間に意思の疎通がはかれることです。
食べられる側のミノアはそれを納得しています。
ただ死ぬだけなんて…何のために生まれてきたのかわからないじゃないの
あたしたちの死は、そんなむだなもんじゃないわ
大勢の人の舌を楽しませるのよ
(後略)
食べられる側もそれが当たり前のこととして受け入れているんですね。もし、地球の牛が喋れてもこんなことは言わないと思います。このミノアの考え方はイノックス星の常識であると同時に、我々の家畜に対する都合のよい考え方でもあると思います。
主人公は他の星の支配者層ということで、ミノックス星の牛と同待遇を受けています。ミノアを救いたい主人公は、支配層である牛に、人間を食べるなんて残虐なことはやめろと説いて回るのですが、まるで受け入れてもらえません。この状況を本編で「ことばは通じるのに話が通じない」と表現しています。
日常生活でもたまにありますよね。こいつと話してても時間の無駄だ、みたいなとき。そんな状況のモヤモヤ感を見事に言語化してくれたような気がします。
ハナシがそれました。
けっきょく常識VS常識なのですから、ホームの常識にアウェイの常識は通じません。
そしてミノアは大祭のメインディッシュとなるため大皿にのせられ、パレードがはじまります。このときのミノアの一糸まとわぬ姿にすさまじいエロスを感じます。
すべてが徒労に終わり、主人公は失意の中、迎えに来た宇宙船の中でビフテキを食べて物語は終わります。
子供の頃読んだとき、無力な主人公が少しでも溜飲を下げるために、復讐のつもりで牛を食べたと思ったのですが、大人になってから読むと
「自分だって牛を食べてるんだから、説得なんてできないんだよ」
というメッセージなんだと思いました。
この物語のIFとして、主人公が牛に残虐だからやめろと説くのではなく、同種族のミノアのことが好きだから、彼女だけを助けてくれと懇願したら、あるいはミノアの命は助かったかもしれないなと考えたりします。
もっともミノアが、それを喜んで受け入れるとは思えませんが…
ボノム 底ぬけさん
ボノム(Bonhomme)はフランス語で人とか人形のことを指すらしいのですが、お人好しという意味もあるそうです。
この作品は大全集ではじめて読みました。
仁吉さんはとてもお人好しで、会社の新入りはそれをもどかしく感じています。新人りは仁吉さんに一言もの申さんと屋台にさそいます。
最初は仁吉さんと新人りのやりとりでハナシが進んで行きますが、屋台の主人、街娼、チンピラ(街娼の情夫)と、一人ずつドタバタをまじえながらストーリーに加わっていきます。
屋台を舞台にして、役者が一人ずつ登場し加わっていく演劇、あるいはコントを見ているような感覚で読み進めました。
登場人物がそろい、仁吉さんがなぜお人好しなのか、本人の口から人生哲学が語られ、物語の雰囲気が喜劇からSFに変わります。人間の行動とは環境と遺伝子で決まる。人間はこれらに操られている人形にすぎない。だから誰も責めない、すべてを許すというのが仁吉さんの哲学です。
つまりタイトルのボノムは仁吉さんの性格「お人好し」だけでなく、人間は環境と遺伝子にあやつられる「人形」のダブルミーニングなんですね。
そして最後は皮肉めいたオチで終了。まるで落語のようでした。
この作品は藤子・F・不二雄先生の漫画の中でも、かなり特殊な読み味だと感じました。前述しましたが、演劇や落語のような感覚を受けました。藤子・F・不二雄先生の落語好きは有名で、オチのうまい作品は多々ありますが、演劇的だと思った作品は、あまり思いつきません
いまさら言うまでもありませんが、先生の引き出しの多さに、畏敬の念を抱かずにはいられません。