アドルフに告ぐ 手塚治虫
コンビニのワイド版で読了しました。手塚漫画はそこまでたくさん読んでいるわけではありませんが、手塚先生の作品の中でも、かなりうまくまとまった傑作だと思います。
あとがきでページ数の都合上、イスラエルを舞台が変わってからの話はかなりかけ足だった旨が語られていますが、エピローグだと思って読んだのであまり気になりませんでした。
そのあとがきに具体的にどう話が進んでいくか書いてあり、それを読んでしまうと、当初の予定どおり描いてほしかったな、とは思いますが、峠草平とランプの決着ぐらいしかモヤモヤは残りませんでした。
いったいこの漫画の主人公は誰なのかな、と思います。
自分は狂言回しだと言う峠草平が、一番しっくりくるような気がしますが、アドルフ・カウフマンの描写もかなり多いです。対照的にアドルフ・カミルは思ったほど多くはなかったですね。
物語を読むとき感情移入できるかどうかは重要なファクターですが、峠は序盤で弟と関わりがあった、ドイツ人の女性を無理やりといった感じで犯し、女は自殺します。そのエピソードがあったせいか、、峠は好漢っぽく描かれていますが、そこまで感情移入はできませんでした。女はゲシュタポであるランプの娘だったので、ここでランプと峠の因縁ができるのですが、それでもいらないエピソードのような気がしました。
カウフマンは論外として、カミルは感情移入しやすい善良な人物として描かれますが、イスラエルでは残酷なテロリストになっています。
たぶんこの物語は特定の人物に感情移入して読むタイプの物語ではなく、一歩下がって達観したような感覚で読むのが正解なのでしょう。
作品のテーマとしてまず感じたのは戦争は人を変えるということです。このテーマはカウフマンによって、多く描写されていますね。
気が弱くやさしいカウフマンが、親友の父を殺し、ユダヤ人を虐殺し、親友の婚約者をレイプするような冷酷な人物になっていくさまが描かれます。
カウフマンは、環境によって考え方が変わる普通の人ですね。読んでいるとかなりの小人のようにも感じますが、たぶん普通の人なんだと思います。
正義とは何かというのもテーマになっています。作中では戦争をするお題目のように語られます。カウフマンはこう言います。
おれの人生はなんだったんだろう
あちこちの国で正義というやつにつきあって
そして何もかも失った…肉親も…友情も…おれ自身まで…
おれはおろかな人間なんだ
だが おろかな人間がゴマンといるから
国は正義をふりかざせるんだろうな
正義とはじつに虚しい響きです。
この物語の最後は二人のアドルフが殺し合い、アドルフ・カウフマンが死にます。そしてアドルフ・カミルはパレスチナの軍人としての人生を終え、除隊した直後にテロによって死にます。じつにむなしいラストでした。テロなんかは連載当時より、現代のほうが深刻に感じるかもしれませんね。
憎しみの連鎖はどこかで断ち切らねばならない。
それがこの作品最大のテーマなのかもしれません。