漫画、小説、映画などの感想

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四畳半王国見聞録 感想

森見登美彦はとても好きな作家で、小説はほとんど読んでいますが、この作品はあまり楽しめませんでした。オムニバス形式の作品で、それぞれのお話が少しずつリンクしていますが、作者が何をしたかったのか、見えてきませんでした。
新釈走れメロス」に登場した芹名や芽野が再登場しましたが、そもそも「新釈走れメロス」を読んだのが何年も前のことだったので、どんなストーリーでどんなキャラだったのか忘れており、話に入っていけませんでした。メロスを読んでいない人には、楽しめないと思います。
四畳半神話大系」からの登場人物もいますが、やはり読んでいない人に向けて書いているわけではないお話ですね。森見ファン向けだと思います。再登場して、なにか興味深い展開になるわけでもなく、ストーリーよりディティールで笑わせようとしている印象を受けます。先の展開をきちんと考えず書いて、書いているうちに自分でも何を書いているのかわからなくなったんじゃないだろうかと勘ぐりたくなります。

もちろん楽しめたエピソードがないわけではなく、大日本凡人會はおもしろかったです。
この会はその才能ゆえに他者から理解されない、不遇の天才たちが集まって凡人を目指す会です。その能力を世のため人のため使わないという鉄則があるのですが、メンバーの一人である無名くんが、その方針に異を唱えます。天才たちと言っても、その能力はバカバカしいものばかりで、モザイクをあやつる、影のうすさ、数式を具現化する、マンドリン、地面をへこます能力などで、異能者と言ったほうがしっくりくるかもしれません。
メンバーの数学氏は「妄想的数学証明によって現実世界に物質を出現させる」能力で自身の恋人の存在を証明しようとしますが、無名くんの策略で別の女性を恋人と勘違いします。その女性と無名くんに諭され、大日本凡人會は有意義なことにその才覚を使おうかといったところで、話は終わります。
このエピソードで、数学氏が別の女性を自分の恋人と勘違いしているシーンは笑えました。

「我々は男女としてお付き合いしているのでしょうか?」
「えーと、お付き合いしていないのではないでしょうか?」
(中略)
「その理由というのはつまり、世界に掃いて捨てるほどいる男たちの中から、あなたを特別な一人として選び出す理由。この人であればきっと私を幸せにしてくれると確信とまではいかなくても仄かに予感できるような兆候。この人こそ私のヒーローだと嘘でもいいから信じさせてくれるような素敵なエピソード。あの茶山で出会って以来、私たちの関係にそんな要素がただの一つでもありました?あったのならば教えてください。少なくとも私には見つけられませんでした」

こっぴどい振られ方ですよね。

全体としてみるとよくわからない作品でしたが、最終話・四畳半王国開国史は胸にせまる一節があり、よくわからないうちになんだか感動させられてしまいました。

家の居間にシーツやソファを使って無人島を作っては弟たちと遊んだ日々。小さな居間が我々の想像一つで太平洋の孤島にも、月面にも、ジャングルの奥地にもなった。一人この地に辿りつき四畳半王国という世界を築き上げ、畳の上のロビンソンを気取るようになった今でも、あの日の楽しさをありありと思い出す。あの頃、世界はたいへんに小さく、それは内側に無限に広がっていた。世界の果ては家の中にもあり、庭にもあり、公園の片隅にもあった。今となっては霞んで見えるあの時代と、この四畳半はなんとに通っていることであろう。かつて中国では古代の王朝が理想の王国とされていた。余は家の今で毎日冒険していたあの頃を神話の時代のように思い出すのだ

子供の頃、ベッドのシーツを海に見立てて旅立つ妄想をしたことを思い出し、懐かしい気持ちになりました。
「太陽の塔」や「ペンギン・ハイウェイ」なんかもそうですが森見作品はバカバカしいノリで物語が進むのに、ラスト近くでたたみこむように、胸にグッとくる展開に持って行ったりしますね。