漫画、小説、映画などの感想

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容疑者Xの献身 東野圭吾 感想

いろんな賞を受賞しているだけあって傑作ですね。多作な作者の中でもとくに評価の高い作品の一つです。
物語のかなり序盤で殺人がおきるので、物語への興味が早い段階でわき、最後まで飽きることなく読み終えました。
ガリレオ、予知夢とシリーズの前2作を読み、主人公の湯川学は他のシリーズの加賀恭一郎ほど魅力を感じなかったのですが、この作品でだいぶ印象が変わりました。意外と友人想いなんですね。
この作品は誰が犯人かはわかっているので、犯人当てとはまた違った読み味でした。東野圭吾作品だと「赤い指」も、読者が誰が犯人かわかってる状態で読み進める話でしたね。
元夫を殺害した母娘とその犯行を隠蔽する隣人・石神とのやりとりは、他人の秘密を除いているような気分になり、引き込まれました。
この石神は非常に魅力的な登場人物ですね。天才的な数学の才能がある反面、生き方がとても不器用です。元夫を殺した靖子に惚れていますが、想いを告げることはしようとしません。天才的な才能とトレードで感性の部分が未発達なのではないでしょうか。

石神が内心馬鹿にしている文学や芸能

とか

それまで彼は何かの美しさに見とれたり、感動したことはなかった。芸術の意味もわからなかった。

という描写からうかがえます。
天才には右脳あるいは左脳が発達した分、もう一方が未発達の人がいるといいます。才能は大いなる欠陥とはよく言ったものです。
石神の隠ぺい工作は、純粋ながらも狂気じみたものを感じました。

ここから先はネタバレありなので、未読の方は注意してください。

遺体の顔が潰されている時点でカンのいい人なら、死体交換のトリックだと気づくかもしれませんが、自分はその可能性を完全に失念していました。それはDNAが一致していたからなんですけど、まさかDNA自体が別人のものだったとは思い至らなかったです。元夫は家や車がないので、DNAの採取場所は直前まで利用していたレンタルルームですから可能です。ここらへんは作者の手腕に舌を巻きましたね。
関係のないホームレスを殺害し、その遺体を元夫のものだと警察に勘違いさせる。そのホームレスを殺害した時刻に母娘はアリバイがある、ってよくこんなこと思いつくと思いました。
推理小説って作者と読者の知恵比べみたいところってありますが、完敗でしたね。
すべての謎が解けてから「いや、これわかるわけねーよ」とか「は?」ってなる負けはいままでの読書体験でいくらでもありますけど、この作品に関してはケチのつけようがなかったです。
物語のところどころにホームレスの描写があったので、これは絶対に何かあるぞ、とは思っていましたが、まさかこう来るとは…
桁外れの傑作だと思います。推理ものとしても物語としても最上級の面白さでした。

これほどの作品ですが、批判もあるようですね。「本格」じゃないとか「感動的なラスト」ではない、とか。
自分は本格推理の定義なんて知らないので何とも言えません。
「感動的なラスト」に関しては、少なくとも作者が石神の行為を感動的なものとして書いていないのは間違いないです。石神が手にかけたホームレス「技師」は再就職の道をあきらめていない、未来を夢見ていた人間で、石神はそのことを知ったうえで殺害しているわけですから。
感動的に書きたいなら殺害されるホームレスはもっとどうしようもない人物として描いたはずです。
作者は石神を魅力的に書きたいとは思っても、その行為を正当化しようとは微塵も思っていないでしょう。